西洋思想の源流から見る倫理学

日本大学文理学部総合科目「倫理学A」の講義ノートを資料として公開いたします。予習・復習・試験対策にお使い下さい。

もちろんここに記した事柄以上の事を、教室ではお話するかも知れませんが、最低限の情報はweb上に公開する予定でいます。

講義を受けるにあたっての注意

一般的注意ですが、授業中は携帯電話、PHS、ポケットベル、アラーム時計等の電源スイッチ等は切っておいて下さい。飲食、私語等も周囲の学生への迷惑となりますので、慎んで下さい。

質問がある場合には、簡単で短くても結構ですから一度文章にしたものを持参してください。その際にはぜひ、自分で書いた文章を読み返して下さい。読み返してみると何が分からないのか、何を聞きたいのかがより明確になると思います。

質問書は講義時に持参下さっても結構ですし、e-mailで送られても結構です。その際、所属学科、学籍番号、名前など(メールの場合は御返事のためにアドレスの明記)を忘れずにお願いします。メールは文末の©以下をクリックすると送れます。タイトルは適当に変えて下さって結構です。

質問は歓迎いたしますが、何を聞かれているか分からない質問に適切に答えるのは難しいものです。質問をすることそれ自体よりも、質問をするために自分の書いた文章を読み返すことによって、あなたの表現力・文章力が付くとすれば何よりでしょう。

講義の概要

この講義では倫理学を扱います。では倫理学とは何でしょうか。それを一年かけて皆さんにお話しつつ、共に考えて行きたいと思います。

とは言え、話を聞く皆さんには「倫理学」って言われても、分からないし、イメージさえわかない、だから講義を聴きに来たんだ、というご意見があるかも知れません。

それはもっともな御意見だと思います。確かに話をする私の方には、ある程度「倫理学」についてのイメージなり考えがある事を認めなければなりません。それが正しいのか、間違っているのか、その点をも含めて「倫理学」についてご一緒に考える事が出来たら良い、というのが私の考えです。

次回は「倫理学とは何か」から話を始めます

自己紹介

これまで私は古代ギリシア・ローマ期の哲学思想を中心に研究をしてきました。哲学以外にも、叙事詩やギリシア悲劇を通じて西洋古典思想に親しみ、そこに見られる「倫理思想」を研究対象にしてきました。

詳しくは教室で紹介しましたので、ここでは略させて頂きます。再確認したい、もっと詳しく知らないと安心して講義が聴けないという、好奇心旺盛な方は私の履歴のページをご覧下さい。

参考書

大学の前期に行なわれる「倫理学A」では、主に古代ギリシア倫理・哲学思想を扱います。古代ギリシア思想に関連していて1、2年生にとっても理解しやすいであろう書籍を幾つか挙げておきます。

以下に挙げた書籍は一般的なものです。これら以外の参考文献は各回ごとに紹介致します。

古代哲学史
田中美知太郎著、筑摩叢書
古代哲学史
A.H.アームストロング著、みすず書房
ソクラテス
田中美知太郎著、岩波新書
プラトン
斎藤忍随著、人類の知的遺産、講談社
ギリシア・ローマ古典文学案内
高津春繁・斎藤忍随著、岩波文庫
プラトンの哲学
藤沢令夫著、岩波新書
アリストテレス
G.E.R.ロイド著、みすず書房
ヘレニズム・ローマの哲学(哲学の歴史2)
エミール・ブレイエ著、筑摩書房

個々の作品

ソクラテスの弁明・クリトーン・パイドーン
田中・池田訳、新潮文庫
パイドン
岩田訳、岩波文庫
饗宴
森訳、岩波文庫
パイドロス
藤沢訳、岩波文庫
自省録
神谷訳、岩波文庫

評価方法

評価は定期試験でつけます。但し試験問題は、講義を聴いたことを前提にして主に論述式で出題する予定です。このページで復習しておかれる事も有用でしょう。

定期試験には、自筆ノート、コピー、このページを印刷したものだけを持ち込み可とする予定ですが、試験前に再度確認してください。

一応申し上げておきますが、出席回数も考慮するかも知れません。

止むおえない理由で欠席した場合は、このページで概要をご覧頂けたらと思います。その上で他の受講学生に詳細をお聞きください。

試験対策として、他の学生のノートをコピーする行為が見受けられますが、ノートには当然その学生の解釈が織り込まれています。試験ではあなたの考えを問う設問を予定していますので、その点を承知した上で参考にしてはいかがでしょうか。

現代に生き、東アジアの片隅に暮らす我々が、なぜ倫理学を問題にする際に、時代も国も遥か隔たった古代ギリシア思想からの視点を用いるのかについて、まず弁解をしておかなければならないかも知れません。

倫理学とは何かについては次回で少し踏み込んで採り上げますが、仮に倫理「学」が単なる人生訓とか処世術とは異なるとしたならば、そこにこそ倫理学「学」たる所以があると考えられます。そうすると、「学」とは何かの定義をしておかなければなりません。とりあえずは、単なる独り言、思いつき、独りよがりに留まらず、何らかの理論性をもった連関のある一連の主張を「学」と考えてみてはどうでしょうか。

もちろん今「留まらず」と言ったように、出発点は各人のそれぞれの「思い」であるはずです。しかしそこに何らかの理論性がなければ、恐らく我々は「学」とは呼びませんし、真面目な考察の対象とはし難いでしょう。

もっとも、そうした理論性を欠いた、考察の対象とはし難いモノの内にこそ我々の「倫理」があるという反論も考えられますし、実際の所はそうであるのかも知れません。少なくとも今のところ、そうした反論を否定は致しません。理論性を欠いたドロドロしたものを、理論的に整合性をつけて考察の対象にするのも、「学」たる倫理学の一分野であると考えられます。

もし「学」の「学」たるゆえんが理論性にあるとするなら、その源は古代ギリシア・ローマ時代の哲学思想にまでさかのぼります。この点には異論が無いと思われます。そこで話を古代哲学思想から始めてみようと思っております。

しかし大昔の異国の思想を採り上げるからといって、単なる空理空論(学生の表現では「言葉遊び」とでも言うのでしょうか)を延々と話すつもりはありません。何せ話をする私も話を聞く学生諸君も、現代日本に生き、暮らしている事実を無視出来る程の大胆さを私は持ち合わせておりません。

時としてこの発言に反するかのように、ひたすら古代思想の話に終始する事もあるでしょう。しかし物事には順序というものがありますし、話は最後まで聞いてから判断すべきです。後期に開講される「倫理学B」では、シラバス(学部要覧)に書いたように、主に現代的視点から問題となるであろうテーマを採り上げて検討してゆく予定ですので、よろしければ引き続き後期の講義もお取り下さい。

そちらでは、前期の「倫理学A」でお話した古典思想をもとにして、倫理学に関する現代の様々な問題がどのように考えられるかを応用・展開篇としてお話したいと思います。


古代ギリシアにおいても、「学」以前の倫理思想(理論性の有無によって、それらを「倫理思潮」と呼びたいのですが)はありました。それらのなかで代表的なのが、皆さんにもなじみが深いギリシア神話の神々です。星座に関する神話にお詳しい方もおられるかも知れませんし、毎朝の星座占いを欠かさない人も案外多いのかも知れません。星々や星座名の多くはギリシア・ローマ神話にもとづいているのはご存知でしょう。

あるいはギリシア悲劇に詳しい方がおられるかも知れません。後世の演劇に翻案されて今でも上演されたり、映画化されたりしています。その中でもっとも有名な話の一つが『オイディプス王』かも知れません。それとは知らずに実の父を殺し、実の母と結婚した「エディプス・コンプレックス」の語源になったテーバイの王オイディプスの話です。

→ソポクレス『オイディプス王』(岩波文庫)

そうした神話や劇の中に表れる「思潮」を通じて、彼らギリシア人のものの考え方を考えるのは、楽しく興味溢れる勉強です。しかし残念ながら主に時間的制約から、ここではそうした「思潮」について詳しく採り上げる事は出来ません。

代わって今年度は、古代ギリシアの中でも少し古い時代の「哲学思想」の中に見られる倫理思想から検討してみる事にします。一般にソクラテスという哲学者より前の時代には、学者の関心は人間の行動、すなわち倫理的な事柄よりも世界全体の成り立ちや宇宙全体の起源といった、彼らが呼ぶ言い方をすれば「自然」に向かっていたとされています。

しかしちょっと考えてみれば、いかに生きるべきかを問題にする際に、ギリシア人の表現で言えば「自然」、我々の表現で言えば「世界観」を切り離してしまう事は、不自然です。もう少し我々に身近な話題で考えれば、我々は一人で生きているのではありません。日々誰か他人との関わりの中に生きています。そうした他人とのかかわりの要素に「社会」という名前を付けてみると良いかもしれません。

さらに、我々が普段使う意味での「世界」全体との関わりも、我々の行動と関係があるでしょう。「世界」と関わる事なく生きてゆく事は出来ないでしょう。すると「世界」(ギリシア人はそれを「自然」と呼んだ訳ですが)がどうなっているかを知る事、あるいは、それをどのように捕らえていたかについての見解をも、倫理学は扱わなくてはなりません。

こうした訳で最初は古代ギリシアの初期哲学者の世界(自然)観から見てゆくことにします。その中で倫理学がどのようにして成立していったのかをみて行く事にしたいと思います。

初回は倫理学の定義から始めたいと思います。

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©SAITO Toshiyuki