西洋思想の源流から見る倫理学

プシューケーについて

プシューケーとは、古典ギリシア語で「魂」、「霊魂」、「こころ」等と訳される生命の源を指す言葉です。例えばアリストテレスという人の著作で"De Anima"(古典の作品名はそれがギリシア語で書かれていてもラテン語の名前で呼ばれる習慣になっています)は、直訳すると「心について」とか「霊魂論」等と訳されます。大昔は「心理学」等と訳されていたこともあったそうですが、もちろん今日の心理学を期待して読むと、かなりがっかりさせられます。

プラトンはこのプシューケー(仮にここでは以降「魂」という訳語を使う事にします)に人間の行動の源を求めました。しかし魂には行動の源の他に、様々な働きが割り当てられています。

動の原理としての魂(基本的定義)
他のものによって動かされるのではなく、自ら動くものとしての魂。この意味での魂は、タレース以来のギリシア思想において伝統となっているとらえ方です。プラトンは宇宙全体の運動の源として「宇宙の魂」を想定しています。さらに宇宙全体の魂だけではなく、個々の諸天体にも魂が存するとしています。比喩で語るならば、人間の魂は同じ種類ではあるが、それらより純粋さ劣ったものと言える。『法律』10巻(895C-899B)や『ティマイオス』(30B、34A-37C、41D-46E)『パイドロス』(245Cff)など
生きている事の源(生命原理)としての魂
肉体は魂を有する(empsychon)事によって生きていると考えられる。魂なきもの(apsychon)は肉体でさえなく単なる物体・塊(ogkos)に過ぎない。
知ることの主語(認識の主体)としての魂・行動の主体としての魂
以下、主にこの点からとらえられると考えられる、プラトンの魂と人間の行ない(行為)についてお話をしてゆきます。

対外的ではない正義?

通常我々は倫理に関わる優秀性(古典ギリシア語ではAretê=アレテー)とは、自らの行動それ自体ではなく、その行動が他人(他者)とのかかわりの中でどのような意味を持つかによって評価され考察されると考えます。

しかしプラトンの場合、例えば正義を例にするなら、魂が正しければその人は正しい人であって、正しい人の行う行為が正しい事になります。

魂のあり方を全ての基礎とするというプラトンの倫理学は、その元にソクラテスの「知っていれば行える」という、概説書によるところのいわゆる「知行合一」の思想を持っていると考える事が出来ます。

ソクラテスは、正しい事を知っている人が正しい事をなすと考えて疑いません。正しい事を知りながら、反対の不正な事をするのではないかという我々の疑いは即座に拒絶されます。不正な事をするのは正しい事を知らないからに他ならないのです。

ここでは、全ての人は自らの得になる事を欲している、という事が大前提となっています。一見自分を痛めつけているような人でも、それが自分にとって何らかのプラスになると「思い込み」そうしているのです。そうでなければ、その人は正常な判断の出来ない人として、一般的考慮の外に置かれねばなりません。

しかし不正が自らの得になるという「思い込み(信念)」は誤っているとプラトンは考えます。知識と違って信念には正しいものと、誤ったものとがあるからです。

魂三部分説

『国家』435B以下でプラトンは、魂の三部分説を提示します。その起源は、以前紹介したピュタゴラス派の三種類の生かも知れません。この説の起源については学者の間でも様々な見解に分かれています。しかし否定しがたい要素として『国家』で提示されている国家の構成要員である三種類の人々の区分が大きいと思われます。また前回お話した『パイドロス』のミュートス(=お話、比喩)で描かれていた二頭立ての馬車になぞらえる事も出来るでしょう。(この点については教室で詳述

参考 『饗宴』におけるエロース

『饗宴』は教室では紹介しませんでした

(tis, poios tis 201e1) エロスは何者で、どんな者か?
(201e7) 善くも美しくもない (metaxy, 202a3, 202b4-5)中間

b7 大いなる神 theos, ← c1-2 神ではない
c6-7 あらゆる神は幸福で美しい←善と美を持つから

d1-3 エロスは善と美を欠いているが故にそれらを欲している
→(それらを欠いているのだから) 神ではない

d8 しかし死すべきもの(いずれ死ぬ定めとなっているもの=人間など)ではない
d11 死すべきものと不死なるものとの中間者
→ d13 daimon megas

202e3ff 神々と人間たちの中間で、解釈伝達するもの herumeneuon,diaporthmeyon
203a6-8 エロスはそうしたダイモンの一つ
a9 父と母は?

b2ff アフロディーテー誕生の宴
メーティスの息子ポロス ―ペニアー
→エロス (アフロディーテーの従者)
{生まれつき(c3 physei)美を求める&主人が美しいから}

c5 たまたま獲得した tychei kathesteken
c6 常に貧乏、d3 常に欠乏と同居
d4-5 epiburos tois kalois kai tois agathois(善と美とに心向かい勇敢、前向き、情熱的、上手なハンター(d5-6)
何らかの策をあみだし、思慮を求める者(phroneseos epithymetes)策に富み、一生涯を通じての愛知者、優れた術使い、麻薬使い、ソフィスト(-203d8)

e4-5 策に窮することもないが、金持ちにもならない
知恵と無知の中間にいる → 知を愛し求める(204b4)

204c2-3 愛するもの(to eron)ではなく、愛されるもの(to eromenon)の方をエロスと考えていた
愛されるものは美しく、優雅で完全で、限りなき幸福なもの (-c5)

c8 エロスがそのようなものであるなら、人間にとってどんな役に立つものか?
d4-6 何故エロスは美に関わるのか? もっとはっきりと、言い換えれば、何をそれは求めるのか?
d7 → それが自分のものになる事を(それは求める)
8-9 美しいものどもを手に入れた者には、何が手に入るのか?
e1-7 善を手に入れれば、幸福になる → 幸福は究極の答え(205a1-4)
何のために幸福を求めるのか問う必要なし

a5-6 そうした気持ち(あらゆる善きものどもを常に自分のものとする事は)は、あらゆる人に共通のもの
205a9-b7 愛している人と、愛していない人 → エロスのうちのある一つの種類を取り出して全体の名前をそれに付けているからだ
b8ff ポイエーシス(創作)の例 → ないものから、あるものを産み出す全体なのに音楽とメロディーに関わる部分だけが取り出されて、全体の名前を与えられている
205d1ff 善と幸福である事への欲求全て → 偉大であらゆる点で知恵にあふれたエロス
d4ff 金銭への愛、身体鍛錬への愛、知恵への愛など
(e3 agathon on, 205e7-206a1=agathon善きものこそ)愛の対象

206a3-4 人は善きものを愛する
a6-7 善きものが自分のものになる事を愛する
206a9 単に(自分のものに)なるだけではなく、永久に(自分のものに)なる事を(愛する)

b1-3 エロスが常にそうしたものであるとするなら、どのような方法、どのような行いによって、それ(auto)を追い求めた場合に、その熱心さと一連の行為がエロスと呼ばれる事が出来るのか?
b7-8 身体の面でも魂の面でも、美しいものの内に子供をもうける事
c2-4 あらゆる人間は、成人に達すると、身体の面でも魂の面でも、生まれながらに子供を産む欲求を持つ

206e5 エロスとは、美しいものの内において誕生と出産を欲求する
e7 何のために誕生を欲するのか?
善きものを欲するだけでなく、「不死」をも欲する -207a4

207a6-7 そうしたエロスや欲求の原因は?
c9-d3 死すべき本性(を持つもの)は、出来る限り、何時までも存在し、不死であることを求めるのだ。その事はただ子を産むことによってだけ可能となる

207d3-208b2 (この世のものは、体も魂も、いかなる時にも同一を保ってはいない。常なる生成・変化の内にある)→神のもの(thneton)は、あらゆる点からして常に同一を保つ(208a8-b1)
b2-4 こうした仕組みによって、死すべきものは身体の点でもその他の点でも、不死に関与するのだ

208c2ff <名誉欲>不死なる名声を永遠にわたって手に入れたいとの愛
c6-d2 そのためならば、子供のためにする以上に、あらゆる危険をも気にかけないし、お金を使う事も、どんな苦労も、命をかけることさえ気にならない
208d7-8 不死なる(永遠の)徳と名声のためならば、あらゆる人々がどんな事でもするのだ
→ e1 不死を彼らが愛するからだ

208e1-5 体の点で妊娠している人々は女性へと向かう → 子供をもうけることで不死を手に入れようとして恋する人となる
e5-209a4 魂の点でそうある人々は、思慮やその他の徳を、魂において妊娠している人々
a4-5 詩人たちや発明家と呼ばれている人々のこと
a5ff さらに、思慮のうち、飛び抜けて偉大なのは、国家や家々をおさめることに関わる思慮 → 節制と正義(のこと)
その生み方 → b7ff 徳にかかわる話を善き人にする → 教育しようとする

210a1 最終的な(目的であるところの)究極(の恋)その道筋

a4ff 若い時は美しい肉体へ 一つの肉体に美しい言葉を生む(a7-8)
<肉体を愛し人間の子供を産むのではない!>
b3 あらゆる肉体の美は同一である事を知り → あらゆる肉体に恋する(-b4)
→ b6-7 魂の中の美は肉体の中の美より美しい事を知る

210c1-2 美しい言葉を産み追い求める<肉体を求めるなんて言っていない>
c3ff 様々な営みや習慣の内なる美を見るよう努力する → 肉体の美がちっぽけなものである事を知るため
c6-7 知識へと導かなくてはならない > 知識の美しさを見るために

d4-6 多くの美しい言葉や思想を、惜しむ心のない愛知の内で産む → 次のような美にかかわる、ある一つの知識をしっかりと見るために(d7-e1)

210e2ff ここまで来た、美しいものどもを順にふさわしい方法で見てきた人は → 恋の終着点にまで来ると、突然、驚くべき本性をした美をはっきりと目にする その美は、今までの目的

211a1- 永久に存在し、生まれることも消え去る事もなく、成長もせず損なわれる事もなく、ある見方では美しいが、他の見方では醜いといったこともなく、ある時には美しいが、他の時には醜いという事もなく、あるものとの関係では美しいが、別のものとの関係では醜いという事もなく、ある人々に対しては美しいが、別の人々に対しては醜いという意味で、ある場所では美しいが別の場所では醜いということはない。(-a5)

211b1 それ自身がそれ自身に関してそれ自身と共に常に一つの姿をしている<何かとの関係や、何かと共にあることによって、ありさまを変えることなく、変わらない>
b2 他の美しいものどもは、「その美」とかかわる(分有する)事によって美しい
d2ff 人が人生を生きるに値する意味があるとすれば、美そのものを見る点にある

211e1 auto to kalon 美そのもの
→ はっきりと、純粋に、混じり物なしに見たなら、
e3 auto to theion kalon神的な美そのものを monoeides としてはっきりと見る事が出来るなら
212a3-5 徳の影ではなく、真実の徳を産む事が出来る

a5-7 真実の徳を産み、育てる者は、神に愛されるもの(親しい者)になる → その人こそ不死

b3-4 エロスより良い助手を見つける事は簡単ではない

参考文献

プラトン『パイドン』(岩波文庫)

廣川洋一『古代感情論-プラトンからストア派まで-』(岩波書店)

T.M.Robinson,Plato's Psychology,Second Edition,University of Toronto Press,1995

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©SAITO Toshiyuki