倫理の話

西洋思想篇 その1

人間の定義

人間の事を、動物の分類上「ホモ・サピエンス」というのを聴いたことのある人もいるでしょう。動物の分類は今でも古代ローマ人が使っていた言語、ラテン語で付ける決まりになっています。Homoとは「人」という名詞で、sapiensは「知恵のある」という形容詞、合わせて「知恵のある人」という意味です。

「猿人」(アウストラロピテクス、Australo=南の、pithecus=猿)、「ジャワ原人=直立猿人」(ピテカントロプス・エレクトゥス、Pithec=猿、anthropos=人、Erectus=真っ直ぐ立った)等という名前を世界史で聞いた事を覚えている人もいるでしょう。ピテカントロプスの方は「歌」で有名かな。

この他人間の定義として、有名なものにベルグソンという思想家が言った「ものを作る人」(ホモ・ファーベル、Homo=人、faber=巧みに物を作る)や、歴史家ホイジンガーによる「遊ぶ人」(ホモ・ルーデンス、Hom=人、ludens=遊びをする)等があります。また政治・経済で紹介した古代ギリシアの哲学者アリストテレスによる、政治的動物(=ゾーオン・ポリティコン、Zoon politikon)という定義も広く知られています。

道具を使ったり、広い意味での言葉を使う賢い動物がいるにしても、道具を作ったり、言葉で目の前にない出来事についてあれこれ想像したりするのは人間に特有な働きであると考えられます。そうした働きを持つ人間を、他の動物と区別している大元を「知的な働き」ととらえて、ホモ・サピエンスと名付けたのは、もっともな事かも知れません。人のものを考える力の事を「理性」とか「知性」と呼ぶこともあります。

ノートこの点については後で再び採り上げます。

古代ギリシアのポリス

「人間は理性的動物だ」と言ったのは古代ギリシアの学者たちでした。古代ギリシア世界では各地に「ポリス」と呼ばれる小さな国家が作られていました。ポリスの中では市民は平等で、自由な生活を送っていました。そこにはご存知のように戦争で負けて捕虜から奴隷にされた人々も共に暮らしていましたが、奴隷には市民と同じだけの権利や義務がありませんでした。外国人も市民とは区別されていました。

市民には政治に参加する権利がありましたが、戦争や宗教の儀式に参加する義務もありました。市民にとってポリスは、それがないと生活が出来なくなってしまう、基盤であったのです。この事は今日の「はるかに大きな」国家でも同じなのですが、幸か不幸か、今日の我々は彼ら程「国家」を基盤とは感じてはいませんね。

注「ポリス」というギリシア語は文字通り「国家」という意味です。

全てのポリスが初めからアテネ(アテナイ)と同じ様に「民主政治」によって運営されていた訳ではありません。アテネでも初期には王がいて、後の貴族政治を経て民主政治が成立したのです。この点も誤解があるといけないので触れておきます。

ギリシア人の理想

ポリスに暮らす人々によると、美にして善(Kalokagathia)が理想と考えられていました。Kalokagathia(カロカガティア)はkalos(カロス)=美しい、kai(カイ)=そして、agathos(アガトス)=善い、から作られた合成語です。

教科書によっては、「美にして善なる人」と書いてあるかも知れません。この理想が人間の上で実現しているなら「美にして善なる人」ですし、理想それ自体を指すなら「美にして善」という事ですので、その点にこだわる必要はないでしょう

こうした理想を彼らが持っていたことは、ホメロスなどの叙事詩を通じて知る事が出来ます。特にホメロスの『イリアス』に登場する英雄たちは、カロカガティアを実現している市民の理想像であったのです。

注ホメロスは伝説上の叙事詩作家。実在したかどうかも不明である。またもう一つの叙事詩『オデュッセイア』を書いた詩人と同一人物かさえ決着が着いていない。

トロイア戦争

ホメロスの(便宜上そう言います)『イリアス』『オデュッセイア』は、トロイア戦争について書かれた長編の詩です。物語という人もいますが、全編が韻を踏んだ「詩」の形で書かれています。

トロイア戦争については、さまざまなエピソードを聞いた事のある人も多いと思います。パソコンに少しでも詳しい人は、「トロイの木馬」と聞くとぞっとするかも知れません。コンピューターを破壊するプログラムの一つですね。本物の「トロイの木馬」もトロイ(トロイアとギリシア人は呼んでいました)の町を破壊した最終兵器だったのです。

10年にも渡って繰り広げられた、ギリシアのポリス連合軍とトロイアとの戦争を終わらせるために、ギリシア軍の中でも智慮に長けたオデュッセウスが考え出した木馬作戦です。トロイアの城門に大きな木馬を置いて軍を引き上げるというのです。その木馬の中には兵士たちが息をひそめて隠れているのです。案内役によって城内に導き入れられた木馬から隙を突いて兵士たちが出てきて一気に町を攻め落とそうというのが彼の提案でした。作戦はまんまと成功し、戦争はギリシア側の勝利で幕を閉じました。

注当時、そしてその後もポリスは町全体が城壁で囲まれ、出入り口にはもんがありました。中国の都市や平城京・平安京のようだと思えば良いでしょう。

ところでどんな原因でこの戦争は起きたのでしょうか。女性の取り合いです。スパルタ(そう、スパルタ教育の元になったポリスです)の王メネラオスの后(きさき)ヘレネは絶世の美女だったそうですが、彼女がトロイアの王子であるパリスと駆け落ちしてしまったのです。パリスが先に誘惑したのか、ヘレネが誘ったのかについては、いろいろな説があるようです。

妻を取り戻そうとメネラオス王は、弟でミュケナイの王アガメムノンを総大将にしてギリシア中のポリスに呼びかけてトロイア戦争を始めたのです。

注『古代への情熱』(岩波文庫)はトロイアとミュケナイの遺跡を発掘したシュリーマンの楽しく読める自伝です。

『イリアス』

以上の話は『イリアス』には出てきません。そこでの話は戦争開始後10年目のある日から始まります。そして木馬やトロイア落城も出てきません。出てくるのはギリシア側随一の将アキレウスの戦線離脱(彼が得た捕虜の娘を奪われた事に腹を立てての事です)、彼の親友パトロクロスがアキレウスの「よろいかぶと」を身にまとって戦うがパリスの兄でトロイア側の総大将ヘクトールに討たれる事、アキレウスの参戦とヘクトールの戦死などが描かれているだけです。

その前やその後の話は、丁度旅演劇一座の演じる「清水の次郎長」や「国定忠治」のように、一幕だけ演じられても観客はその前後の「筋」を知っていて楽しめるのです。これは歌舞伎のようだと言った方が、適切かも知れません。

壮大な物語の中から一部分を描いただけでも、「西洋文学史の最古にして最高傑作」であってその後の文学史は「堕落の歴史だ」とは、ある偉い古典学者の言葉です。そこまで言わずとも、西洋人にとっては「必読で教養ある人なら詳しく知っている」作品なのです。

教養ある高校生なら『平家物語』や『方丈記』の冒頭位暗記しているでしょう。『イリアス』の冒頭の一行はギリシア語で「メーニア・エイデテ・アーペーレーイア・デオーアキレーオス」で、意味は「怒りを歌え、女神よ、ペーレウスの子であるアキレウスの(破壊をもたらす怒りを)」となります。『イリアス』と呼ばず「メーニア・エイデテ」と言って分かる西洋人は教養ある人です。

注『イリアス』(岩波文庫)、『トロイア戦記』(講談社学術文庫)

『オデュッセイア』

『オデュッセイア』の書き出しは「アンドラモイ・エンネペ」から始まります。その意味は「男の事を私に語ってくれ」です。もちろんその男とは木馬を考え出した智慮に富むイタカの王オデュッセウスの事です。

『オデュッセイア』とは「オデュッセウスの歌」という意味です。トロイア戦争の英雄オデュッセウスは10年に渡る戦争が終結した後、帰国の途中で女神の怒りによってあちこちをさまよい、10年かかってようやく帰国します。その10年にも及ぶ放浪ぶりが『オデュッセイア』の醍醐味です。いわば西洋文学初の冒険談と言っても良いでしょう。

ローマ以後の英語圏では『ユリシーズ』と呼ばれる事もあることを覚えておいても良いでしょう。一般には壮大な冒険物語に『オデュッセイ(ア)』の名前が付けられるようです。

『イリアス』よりも『オデュッセイア』の方が皆さんには読みやすく、馴染みやすくお勧めです。帰国の途中で彼は一つ目巨人(キュクロープス)に襲われたり、魔女キルケーに捕われたりといった困難を切り抜けます。他方祖国は、夫のいない間に妻のペーネロペイアへの求婚者たちによって荒れてしまっています。身を隠して帰国したオデュッセウスは、彼らを一網打尽に皆殺しにしてしまいます。

注目犬好きの私などは、豚飼いに変装して帰国したオデュッセウスをただ一人見分けた愛犬のアルゴスのくだりなどには、何度読んでもぐっと来るものを感じてしまいます。アルゴスは20年を経ても、主人を忘れず、かつては猟犬として活躍したものを、近頃は糞尿にまみれさせられダニだらけで哀れな老年を送っています。主人を見分けるとアルゴスは、尾を振り耳を垂れる。これにはオデュッセウス自身も涙するが、アルゴスにはもはや主人に近づく力も残っておらず、息絶えてしまいます。(17巻290-327行、岩波文庫下巻)

注『オデュッセイア』(岩波文庫)

英雄たちの生

『イリアス』と『オデュッセイア』はギリシア人にとって必読の書であり、子供たちにとっては教科書の働きをしていました。そこに描かれた英雄たちこそが理想の人間像(善にして美)なのです。友には優しく情が深いが、敵には情け容赦なく恐れられる英雄たちです。

ヘシオドス

もう一つの代表的叙事詩人が『神統記』と『仕事と日々』で知られるヘシオドスです。『神統記』は多くの神々を系統だてて記した詩であり、『仕事と日々』は労働の大切さを説いた教訓詩です。有名な「パンドラの箱」も両方の詩の中に載っています。彼の語る神話には、世界の始まりについてのお話も含まれています。

注目オリュンポスの最高神ゼウスが人間たちから火を隠してしまうと、プロメテウスは「おおういきょう」の茎の中に火種を隠して人間たちに火を与えてしまいます。これに怒ったゼウスは工作の神ヘーパイストスに命じて「女」を作らせ人間たちに与えます。兄プロメテウスからゼウスの贈り物は受け取ってはならぬ、と命令されていた弟エピメテウスだが、その女パンドーラを受け取ってしまう。彼女はカメのフタを開けて、平和に暮らしていた人間界に災いをまき散らしてしまう。かろうじてヘリに引っかかって中に残ったのは希望だけだったという。(『仕事と日々』44行〜105行。ただし『神統記』570行〜616行ではただ女とだけ言われ、女それ自体が災いであるとされていて興味深い。)

注『神統記』、『仕事と日々』(岩波文庫)

数年前に学習院大学の上級古典ギリシア語を私が担当した際のテキストに、ヘシオドスを選びました。一部ですが、私の試訳を読めるようにしておきます。
『神統記』(内容・形式共に未整備で56KB程あります)
『仕事と日々』(途中までの試訳で23KB程あります)
ご自分で原典を読まれる際には、M.L.Westによる注釈付き校訂本が参考になるでしょう。

注 私たちの周りのギリシア・ローマ神話

世界の始まりについての神話

ヘシオドスは神話で世界の始まりについての説明を語っています。『神統記』116行〜122行には次のようにあります。

「一番最初にカオスが生じた、その次に胸広きガイア(略)と薄暗きタルタロスが、さらには不死なる神々の内で最も美しいエロースが生じた。この神は力を奪う神で、あらゆる人間、あらゆる神々の、胸の内なる知性と思慮に富んだ思いを打ち砕く」(私の試訳)

以下神々の系譜が語られてゆくのだが、今訳出した箇所からも分かるように、「最初に何があったのか」という問題意識の下にヘシオドスは詩を語るのです。これは後に見る最初の「哲学」と同種の問いかけなのです。今日我々が学ぶ西洋哲学の歴史は、タレスに始まるように書かれていますが、タレスが最初の哲学者であるとしたのには、いくつかの事情があって、そのうち最も大きな影響力を持っているのがアリストテレスなのです。

この辺りの事情については、専門的過ぎますのでここでは省きますが、これまで見てきた叙事詩や神話の中にも、世界の始まりや人間の理想についての思索のあった事を覚えておいて下さい。

注タレスやアリストテレスについては次回で採り上げます


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