私のバイク歴

卵から孵ったよ


このページは正真正銘ワードパッドだけで HTML を打ち込んで造りました(以前のページをご存知の方、変わったでしょ?)。

new  Harley-Davidson へのイントロダクション


出会い

初めてバイクに乗ったのは、21歳の時、友人と御殿場・二の岡の別荘でチャッピーという名前のファミリーバイクに庭で試乗した時でした。クラッチが上手く繋げず、満足に走らせることが出来ませんでした。それ以来バイクの事は忘れていました。大学院に行っていた20代の後半、それまで親の車で家庭教師先まで通勤していたのですが、新車に替えてから借り難くなってしまいました。そういえば普通免許でも原付(50ccまで)には乗れる事を思い出し、早速近所のバイク屋に行きホンダの「ゴリラ」を入手しました。

問題は「ゴリラ」にクラッチが付いていた事でした。こうやって、こうやって、と店員は説明しただけで店を後にして帰宅です。思えば4輪車もオートマティックしか乗ったことがないのです。最大の難所は右折と踏み切りです。偶々直進車が無かったので右には曲がれましたが、運悪く踏み切りでは列車が通過して一時停止させられました。バイク歴数分の極初心者が舞い上がらないはずはありません。衆人環視のもと、やってしまいました派手なウィーリーを。

当時はスクーター・ブームのしばらく後で、それにうんざりしていた私は、チャッピーで懲りていたのも関わらず、絶対スクーターだけは最初には買うまい、と決心していたのです。スクーター=近所のおばちゃんの買い物用というイメージが強かったのです。

例によって、30km/hしか出しちゃいけない原付一種で、違反・検挙されないはずがありません。(最近は前者はあっても、後者とはさっぱり縁が無くめでたい事です。)何度か国庫に Extra Moneyを振り込んでいるうちに、年下とおぼしき公務員曰く。中型免許でも取ったらどうですか?じゃあ、取りましょう、という事で、教習所に通い始めました。

免許

同じ教習所でも車の時は、嫌な思い出しかないのは多くの人が経験している事。何故か、というより考えてみれば当たり前なのですが、バイクの指導員はバイク好きの人が多かった。指導員を教官と呼ぶ人が未だにいるが、「官」とは何か、考えてみれば分かりそうなもの。私立学校に一人も「教官」がいないのと同じように、私企業である自動車教習所にも一人の教官もいない。勿論、JALのエアー・ホステス養成所にも。言葉の誤用が当人の勘違いを増長させているのではないか?「官」は偉く、下々は黙ってついて来い、という性行はこの社会に蔓延している。

ともかく国家資格は得たものの、そのまま「交通戦争」に出陣してゆくのは、余りにも無謀というものだ。教習車は400ccのCBR400?(空冷、カム切り替えの付いているタイプ)とGSX400(どこにギアが入っているか表示する機能付き)だった。

それらですら振り回せたとは言い難く、いろいろ検討した結果、ホンダの。CB125T というのを買った。空冷2気筒とはいえ残念ながら CB92 の系統とは別のエンジンで、実用車の CD125 と基本線が同じ機関だ。CBをシングルキャブにして、360度クランクにしたものがCD125だ。大ヒットして今でも走っているアメリカンの「レブル」(更にはその元になったLA)は、CD そのままの 360度クランクをスケールアップしたもので、元をただせば「実用車」だ。

そんな CB125T であったが、最近のバイクには無い長所も持っている。

まずぜひとも復活して欲しいのが、横開きのシートだ。ほとんどのバイクのシートは、ヘルメット・ホルダーのオープナーで全体が外れる形式になっている。しかし進行方向に対して90度に蓋のように開くCB125Tは、非常に便利であった。汚れた軍手やウエスの保管場所として重宝した。おまけに外れる方式のシートで、一度できっちりとシートが嵌った試しがないのだ。これは危険だ。気付かずに走ろうものなら、走行中にシートごと体が投げ出される恐れすらある。レプリカでおまけのようなリアシートがヒンジ式に開く例は見かけるが、本体の方もヒンジ式に利があるのは明白で、コストダウンと設計者の怠慢以外の何ものでもないと思う。

またしっかりしたグラブ・バーも荷掛けとして役立った。ダブル・ホーンや 60W の明るいヘッドランプ、125としては珍しいチューブレス・タイア、ダイキャストのペダル・ホルダー等々。

この CB125T とエンジンだけ大きなナイトホーク250を見比べると、コストダウンうんぬんよりも、意気込みの差さえ感じてしまうのは贔屓目だろうか。何ですかあのスイッチは?現代のバイクとは思えないまでのコスト重視があちこちに垣間見れる。

他にもVRXのステップ周りとか、安っぽちいよ。ホンダ、そんなバイクを作り続けてるようだから、2輪撤退なんて噂が消えないんだぞ。儲け第一主義で、小トヨタになって何が楽しいんだ。入交さんがセガに行ってしまって、カローラ(ホンダでは何て呼ぶんでしたっけ?シビック、アコード?)かなんか造ってた人達が会社を運営するようじゃ、期待出来ん。

しかしナイトホークのベースがCBではなくCDと考えると、これらの疑問も解けてくる。

[銘機ナイトホークの名をあんなのに付けちゃって、何を考えているのだろうか。ところでセガ辞めちゃったんですね入交さん。]

CB125T 各ヴァージョンの変遷をご覧下さい。


限定解除と・・・

CB125T を 1 年程乗っただろうか。これで一泊ツーリングにも行ったし、とろい 400 を追っかけ回したりもした。絶対的なパワー不足を感じ始めた頃、本格的なツーリングバイクが欲しくなった。そんな頃雑誌で見かけたのが、VFR750Fphoto(RC24)であった。当時400ccクラスはレプリカのブームで、ツーリング向けのバイクは余り無く、30になろうとしていた私の興味を引くバイクは自然と大型車になっていった。しかも限定解除を試験場で受けねばならないことから、ほとんどの大型車は売れ行き不振で、在庫は大バーゲン・セールとなっていた。上記RC24も例に漏れず、30万円引きの広告が半年以上も雑誌に掲載されていた。85万が55万、免許さえあれば250の値段で「ナナハン」だ。これは免許を取るしかないでしょう。かといって乗ったバイクはゴリラと125だけ。未公認の練習場が近くに出来たのを聞いて、通うことにしました。

私が通ったのは「中川自動二輪教習所」の野田校でした。隣に4輪の未公認校があって、そちらは今でも電車の中の広告で見かけます。ケンホクとかいう名前だったかなあ。16号沿いで比較的通い易かったのです。出来たばかりでいつも待たずに練習が出来ました。中川さんというのは「鬼の」という形容が付く有名人らしいのですが、野田校はそのお弟子さんが始めた所のようでした。今でもやっているのかは不明。

教習車は古い CB750F と FZX750 でした。千葉のコースや試験車輌に合わせていると聞いていましたが、私は埼玉県民ですのでその点は確認していません。やっている事は、中型と同じでただ車輌が大きくなっただけです。要は大きくて重いバイクに慣れる事なんですよね。今となっては、名車の誉れ高い CB に嫌という程乗れたので満足です。感想。どこが名車だ。重くて、止まらなくて、うるさくて、単なる昔のバイク。整備状態にも拠るのでしょうが、少なくとも変な幻想に蝕まれなくて良かったと思いました。

対して、FZX750 は本当に良いバイクでした。あれでタンクの容量がもう少しあれば、買ってしまったかも知れません。確か 13リットルしか無かったような。ツーリング向きではありませんね。しかしあの素晴らしい足付き性。低速トルク。都会的なスタイル。雑誌でも当時、判る人には受けていましたが、しょせん派手さで兄貴分の V-Max に目を奪われて、不人気車で終わってしまいました。確かに限定解除という、嫌な思い出に付いてまわるバイクというのは、不利ですね。しかし重ねて言いますが、良いバイクです。あれならそこまでタバコを買いに行くのも、おっくうではない、きっと唯一の大型車でしょう。

そうしているうちに、大分大型に慣れてきたので試験場に行ってみました。当時は大宮です。県の安全講習会にも参加しておいたので、事前審査は無しです。ところがスタートして僅か一分もしないうちに、「はいオシマイ」8の字の進入で右側通行をしたそうです。コースが古くてぼろぼろで、白線が見えなかったのです。次回の受験を予約しようとしたら、次からは鴻巣の試験場になるとの事。どうりでコースの補修もしないはずです。覚えたコース順も今回限り、、、。

鴻巣の初回。朝一の回を予約したので余裕を持って家を出て、試験場に入ろうとすると、職員が日の丸を半分降ろしていました。??と思いましたが、帰宅してから昭和天皇の崩御を聞いた。鴻巣試験場の2輪試験初日はそんな日でした。結果は?一応完走させて貰ったけれど、コースを覚えるのに精一杯でダメでした。人それぞれに「昭和最後の日」を送ったと思いますが、私にとっては「不合格」という想いだけが残っています。

そうこうしている内の何回目かの不合格の後、帰り道に寄った或るバイク屋で、見たこともない「かっこ良い」バイクとご対面。XLH883 通称パパサンでした。免許さえあればこいつに乗れるんだ、と思うと力が入ります。結局スポーツ・スターのオーナーにはその3年後になるのですが、辛く悲しいお話が沢山あるのです。

その日は何の前触れもなく、突然やって来た。GPX750R 名前だけ聞くと、とてつもなくかっこ良い試験車輌で、コースを一通り回ってくるとハイオシマイ。受かってしまいました。どこが良かったのか悪かったのか、未だに分かりません。三回目か、四回目の方が自信はあったのになあ。ま、いっか。免許証の後ろに小さなハンコを押してもらってオシマイ。あっけなかったです、ハイ。

ここで喜び勇んでバイク屋に駆け込むようではいけません。大人はじっと一人で喜びを噛みしめるのです。後はお金さえあれば何でも乗れるんですから。ハーレーは?興味ないな、でもバイク屋で見た、ちっちゃくてスリムなのは欲しい!BMWは?水平対向ってどうなんだろう。夢は広がります。

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VFRその他の改良

で、購入資金は?そうそう、安い750を買うんだっけ。と思ったら、もう雑誌の広告に載ってないじゃないか。半年以上も毎月売れずにあったのに。とりあえず、広告を頼りに上野の某販売店に行ってみました。「早稲田自動車」にありました。白はもうなくて、黒か青。黒はシートが黄色なのでパスに決定。白もカタログの表紙にあるように、イメージカラーなのでしょうが、今となっては「白バイ」をイメージさせるので青で良かったと思ってます。シートは灰色でしたが後述の理由により、白の純正である青に変えました。

次に問題は、どこの店で買うかですが、品物はもうこの上野の店にしかありません。ここでも良いんですけど、何かの時には頼れる近くの店の方が安心です。事情を話して相談すると、業者間販売(通称、業販)で取ってくれるとの事。輸送費と手間でプラス 1万円取られました。しかし 56万円で新車のナナハンが買えるなんて、これが最後のチャンスでしょう。その後の 10年ではそんな事はありませんでした。

唯一心配なのは、長期保管車なので(つまり売れ残り)、不具合はないかという事です。ありましたよ。何とスピードメーターが動かない!最初は動いたんですけど、何となく動きがぎこちなくて、全く動かないこともある。最初の1月位だけでしたから、本当に倉庫の奥に眠っていたんでしょうね。そんなメーターも、輸出用の260キロ・フルスケールのものに交換しました。

シートは決して高くはないのですけれど、何せ今までが軽かったもので、立ちゴケさせてはいけないと上野の「シート屋」へ持ち込んで、アンコ抜きしてもらいました。アンコ抜きシートは1年ぐらい使ったでしょうか。どうしても長時間腰掛けているとお尻が痛くなってきます。大きさ・重さに慣れたの灰色に変えてボディーカラーが白の車に純正の青いシートを新品で購入し、今に至るまで愛用しています。

さて、VFR750F 型式番号 RC24 を手に入れてから現在に至る改良点を少しお話したいと思います。前述の輸出用メーターと青色シートの他では、お決まりのリミッターカットです。イグナイター・ユニット等をチョイと細工してやると180キロで効くスピード制御が解除されます。このリミッタ-はなかなか賢くて、切るまではその存在をほとんど感じさせませんでした。180キロに近づくと何とはなしにそれ以上出なくなります。4つあるシリンダーのうちの幾つかに火花が飛ばなくなるようで、実に自然な効き味でした。もっとも、最初の1年・1万キロ程は恐ろしくて、そんなに飛ばせなかったんですけれど。今思うとずっと慣らし運転をしていたようなものでした。それに比べて最近は、、、街中でも実力を出し切って差し上げております。

輸出用メーターとの交換と同時にリミッタ-を切ったのですが、一般的にメータというものには「誤差」があります。車検の時に計測する時速40キロの辺りはなかなか正確なようですが、そこから上に行くに従ってどんどん甘くなっているようです。100キロでは大体数パーセント。200 では 1 割程多めに表示されるようです。少な目より気分は良いですが。それを加味して最高速は 220 前後でしょうか。国内仕様ということで、1万回転から上の伸びに物足りなさを感じます。

下は 3,000 からが実用域ですが、のんびりならもう 500 回転か 1000 回転下からでも加速してゆきます。その時の感覚はV型エンジン特有の鼓動を感じさせます。

このエンジンを積んだマグナ 45 という不人気のアメリカンがありましたが、なるほどアメリカンにもピッタリかも知れません。アメリカンというと、低速トルクで走ると勘違いしている人が多いのですが、それは本物に乗ったことのない人です。本家ハーレー・デイビットソンですら、極低速域は 4 気筒にかないません。シリンダーの数が多い程、広帯域で実用になるトルクが得られるのです。2 気筒は下も上もない「中速重視のエンジン」というのが、素性です。この素性は設計やチューニングで味付けに変化を与えられますが、下から上まで何てのは絶対に不可能です。日本程の渋滞がない国では「極」低速域を気にする必要がなく、元気な中速でカッ飛ぶのが元来の使い方のようです。

それでもパワーに不足を感じる人たちが、上まで回るようにハイカムを入れたり、キャブを大口径にするのです。ですから、V4のアメリカンというのはなかなか理に適ったモノな訳です。しかし日本では、ハーレー=ドコドコのんびり、というイメージが強すぎて、その曲がったイメージを実現させるために、わざわざアイドリングを低―くしてドンスカ・ドンスカ、うるさい音を奏でさせているのです。あんなにアイドリングを低くすると、当然ですがバッテリーに電気が充電されませんし、充分な火花もプラグに飛ばせられません。そのためにわざわざ点火系をポイントに変えてやるという、ほとんど変態的改造までザラに見かけられます。

さて肝心のVFRですが、下から上まで、トップゾーンの伸びには欠けるものの、充分な力持ちです。当時のカタログによると77馬力という事ですが、77 という数字は評判の悪い「自主規制」で750に嵌められた冠でして、越えていても別にどこの役所に叱られるものではありません。強いて言えば業界内部で問題になるの?実際はそうでもなくて、「自主」のはずが役人のいいなりとは、どこでも見かける姿です。

数年前に近所にシャーシダイナモを置く店が出来たので、計ってきました。走行 5 万キロ強で、90 馬力。ロスが 10 で後輪では 80。という事は、新車時はもっと出ていたでしょう。ロスも少ないでしょうし。同じ日に測定していたCB1000は慣らしが終わったところで同じ90馬力。ただしロスが確か数馬力しかなく、磨耗と経年変化の差を感じました。ま、トルクは1000の方があるんでしょうが、重たいし、最高速は恐らく VFR と同じ位でしょう。

しかし高速で飛ばすと風がすごいものです。ただこれは感じ方に個人差があって、一概には言えません。その後所有したカウルなしバイクで、140 から 160 で流していてもそんなに苦痛ではありませんでした。人によっては大変な風、と感じるのかもしれませんが。
photoしかし高速に乗れるバイクを初めて所有したばかりの、「風圧」初心者だった当時の私は、もう少しスクリーンが立っているか、手前まで伸びていればと感じてしまいました。そこで外紙で見かけた「スポイラー・スクリーン」なるものを英国に注文してしまいました。現在は似たようなものを羽田ホンダという販売店が輸入しているので、誰でも買えます。当時は個人輸入したので、得意になったものです。

風圧は、そんなに変わりませんでしたが、一つはっきりと分かる変化は、雨の日に高速走行すると、ヘルメットのシールドの丁度目の位置で雨のしずくが上下に流れてゆきます。純正スクリーンでは、しずくは皆下に流れていました。

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もう少しマシな変更点を書きます。ツーリング時の荷物の収納をどうするかという難問に、最終的な結論を出してくれたのが、Krauserのバッグです。しかし難点は高価なことです。代理店経由で買うと、サイドボックス(パニア・ケース)とトップボックスのセットで12万もします。試しにスポイラー・スクリーンを買った英国の用品屋に問い合わせてみると、K1のセットで日本の半額以下でした。航空運賃を入れても半額程度に収まりそうなので、早速注文しました。K2の方は日本での2/3程度しますが、後述の理由により2の方が良かったかなあと少し後悔しています。

photo問題は、良く見かけるBMWの純正バッグと違って後付けのKrauserの場合、どうしても横幅が大きくなってしまう点です。感覚的にはバッグを取り付けると1メートルはあるんじゃないかとさえ思える程です。これでも車幅感覚さえつかめば、案外すり抜けも出来ます。ただクランク状に抜けてゆく時は少々注意が必要ですが。小手先の改善策としては、車体へのステーを黒く塗り潰して目立たなくしてしまうという方法があります。かつてクラウザーのステーは黒かったのですが、私が入手したものは単なるメッキでしたので目立っていました。とりあえずは黒塗りする事によって印象が若干改善されます。

photoまた荷物を満載した時の安定性ですが、キャンプ用品を左右に積んで高速道路の超高速コーナー(東北道の佐野SA近辺など)を全開で駆け抜けても「さほど」問題ありませんでした。ただ本当に重いものを左右に積むと、さすがにフラフラします。或る時、丁度上手い具合に入るもので、350ミリのビールを左右に 1箱( 24 本入り)ずつ入れて帰宅しようとしたところ、フロントが軽くて恐ろしかったものです。重量物はリアシートが一番のようです。その点、トップボックスにはかなりの物を入れてもそれ程気になりません。

photo上述の佐野辺りでも、「全く」問題ありませんでした。ただ見かけが幅広なので、周りの車やバイクに対する威圧感は大分あるようです。K2タイプではステーの上に被せるようにバッグが付くので、若干ですが幅が狭くなるようです。イタリアのGIVI 社のものを羽田ホンダで輸入していて良く見かけますが、トップボックスばかりでサイドボックスはほとんど見かけません。

トップボックスも厳密に言うと、タイトコーナーの連続するような箱庭的ワインディングでは、重心から遠い所にある物を振り回している「感じ」が少しします。通常のツーリングペースでは、サイドボックスでも問題はありません。防水性については、台風の中(高速道路の最高速が50km/hに制限されるような中です)を数時間走った時でも、浸水した事はありません。まずは完璧でしょう。ただ、、、、実は Krauser のロックのカギって、みんな一緒なんですよね。単なるいたずら防止にしかなりません。私のでも貴方のバックが開けられてしまうんです。という事を承知した上でお使い下さい。泥棒さんが、このページを読んでないと良いんですが。

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VFR の車検は自分でやってます

photo車検のお話


CB125T

News Groupでの記事がきっかけで一覧を作ってみました。

BENLYを名乗っていた頃の CB125 はエンジンが別物です。その頃は CB92 系の流れを汲んでいた並列 2気筒で、誰が何と言おうと浅間火山レースの「レプリカ」です。実用系はC92、C92にアップマフラーを付けたのが CS92。CB と C は現在の CB と CD の関係です。CB92 は1959年発売です。CB=CluB manでした。(少数ながら作られたCB90は置く)

フロントサスがテレスコピックになったのが 64年で(それ以前はボトムリンク)、CB93 という名称になりスマートな外観で短期間作られ、65/66 年から CB125 となりました。この時から C は CD と呼ばれるようになった。

今現在に連なる CB125T(I)は 1977 年のデビュー。当時は6Vの電装、ポイント式点火、ワイヤーホイール、キック等が特徴。

II型になって、当時流行のコムスター・ホイールを付けました。

III型(Z型)になってメインスタンドの他にサイドスタンドが付きました。

IV型(C型)は大変更で、12VにCDI、セルにPRO-LINKサス、油圧ブレーキ。

V型(F型)は小変更。

VI型(J型)でCVキャブ、アルミホイールの採用。


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©SAITO Toshiyuki