パソコン日誌

(2001年4月分)

2001年4月1日(日)

昨晩遅く(と言っても私にとっての)書き足したIE5.01SP2の話。どうやら速いのは、テキストを先に描いて画像を後回しにするからなのか。ダウンロードサイズに恐れをなして、雑誌に付く(のかなあ)のを待つしかない。高速回線が欲しい!!

安いノートパソコンをあちこち探していたら、セレロン433Mhzとか466Mhzを積んだ10万円前後の物を某所で見かけた。しかも433Mhzの方はFDとCDが外付の1.8kg。3kg台のモデルだと、12〜13万でCeleron600とか700を載せたオールインワンがあるのは知っていたが、それじゃあ現用しているMy Fujitsuより高性能になってしまう。IE5.5やNC6.0を動かすにも600や700なら問題なさそう。近いうちにアキバに行って、決断しなくちゃならない。

Netscape4.7で変に見える原因が判明。アホな事に、N4.xはスタイルシートからではなく、読み込んだHTMLファイルから相対URLを測るのだ。これは絶対に私が悪い書き方をしているのではなくて、Netscapeがアホだ。また、「見出し」に指定したtransparentが無視されるのも、背景に画像が指定されていると生じるバグ。

N6はエラーの連発で起動すら出来なくなってアンインストールしてしまったので、確認できないが直っているのでしょうか。しょうがないので、ehicsフォルダー内のCSSに同名の指定を書き足してやって、そこから上位フォルダーに相対指定をしてやり、一応背景画像は貼れた。背景色に関する問題は、IEユーザーが見苦しくなるので一旦断念した。ちょっと考えて、背景色指定を削除。正式のCSSでなくなって、CSS Validatorでは警告が出るが、仕方ない。W3Cから警告を受けるべきは私ではなくNetscape社なのだ。それにしても普段Netscapeでブラウズしている人は、ヘンテコな表示に慣れているのだろうか?

IEの独自仕様も問題ではあるが、blinkにしてもmarqueeにしても無視されるだけだからまあ良いのだが、背景色の問題は文字が読めなくなっちゃうので事情が違うように思う。

2001年4月2日(月)

昨日書いたNetscape4のスタイルシートがらみの不具合が、なぜ致命的にダメなのかについて、もう少し詳しく書いておきたい。

そもそも「現代の」ウェブ・ページというものは、HTMLが文章の中身を担当し、見栄えに関する事はスタイルシートが担当すると「国際的ルールの指針」が定めている。しかもスタイルシートは当のウェブ・サイト全体に「統一した見栄え」を簡単に与える事が出来るようになっているのだ。

ウェブ・サイト全体の「第一段階の見出し」の大きさやフォントのスタイル、改行幅、左端からのマージンといったものが統一されていると、読み手にとって歓迎されるであろうし、何より綺麗ですっきり見える。こうした事を一々のページで指定してやるためには、そのページごとにスタイルシートを書いてやらなくてはならない。それにレイアウトを変えようとしたら、一ページごとにそうした指定を書き換えてやらなければならない。

これではスタイルシートの魅力は激減する。そこで一つのスタイルシートを複数(あるいは自分のページの全て)のページに「取り込ませて」「見栄えを」指定してやる方法が、広く行われている。これならレイアウト変更も、スタイルシートだけを書き換えてやれば、適用されているページ全てが一挙に変えられる。

ここで問題になるのが、ページ数が多くなったウェブ・サイトというものは、テーマごとにフォルダーに分類してHTMLファイルを保存しているという事である。すると異なるフォルダーに入っているページに、(例えば)同一の写真ファイルを、スタイルシートを使ってページの背景画像に指定する、等ということをやろうとすると、Netscapeではそれが出来ない事になる。

スタイルシートで画像ファイルを指定してやるというのは、珍しい事ではなくて、全面の背景に画像を張るだけではなく、「ブロック要素」という一区画の背景だけに画像を使うといった方法もある。またHTMLで背景画像を指定するという、上に述べた「推奨方針」に反する事も出来はするが、スタイルシートを使えば、背景画像を固定して手前の文字列だけをスクロールさせるとか、画像を縦又は横方向にだけ繰り返すといった指定もわずか一行の指定で出来る。

こうした指定をする際には、「スタイルシートから見た」その画像の位置をURLというネット上の住所で指定しなくてはならない。その際フル・アドレスは使えないのだ。www.onyx.dtiのどこそこの何フォルダーのどのファイルという書き方は出来ないのだ。そうでは無くスタイルシートから見て同じ階層、あるいは上位、下位にあるフォルダーのどのファイルという書き方をしなければならない。

例えて言うならば、私から見た「イトコ」は、私の母から見た「おい/めい」である。スタイルシート(母)から見た「おい」は、それを読み込んだHTML(私)から見た「おい」とは別人である。私のおいはこの世には存在しない(はずだが、、、)。

こうした不具合がNetscapeでは生じてしまうのだ。その結果、背景に画像を指定したのに無地になってしまったりする。ウェブ・ページなんて文字さえ読めれば良い、というのは理解出来る見解だが、製作者の側からすれば、制作にかかった労力の何分の一かが報われない事になる。

世間で「このページはInternet Explorerで最適に見られます」とうたったページがあるのを良く目にするが、理由が以上の事なら納得は出来ないが理解は出来る。回避法があるからである。昨日も書いたように背景画像を指定したファイルと同じフォルダーに、スタイルシートをもう一つ置いてやって、「そのフォルダーから見た」相対URLを再度指定してやって、カスケーディングさせてやれば良い。それが出来るからこそカスケーディング・スタイル・シートと名乗っているのだから。

重要な訂正

2001年4月3日(火)

天気が良くノート作りも目途がついたので、久々にバイクに跨り秋葉原に行った。T-ZONEとツクモを覗いた後、10万円ノート・パソコンを見学。実物もそんなに悪くはない印象。カタログではHDが6GBだったが、ショールームで詳細を聞いてみると、現在は10GBになっている事が判明。

ネックはメモリーが64MBという点。基板上に32MBが載っていて、増設部分にもう一枚32MBが挿さっている。この懸念も64MBとの交換を、増設より1300円引きでやってくれるとの事。1300円で32MBを下取りしてくれる計算になる。展示してあった機械は、64MBでWindows Meが走っていたが、そんなにストレスはなかった。後は今月中の国民年金の年払を終えてから決断しようか。

帰宅途中で空が黒雲に覆われ始め、午後2時半頃からポツポツ降り出した。明日の牛乳とパンを買って、どうにか濡れずに到着。ああ、良かった。

とりあえずの「倫理学ノート」関連をアップロード。これからも、もう少し手を入れなくては。

2001年4月4日(水)

これまた昨日の続き。Windows98は昨年の秋からMeに交代していて、95と同様に実質上作られていない模様。単体価格が98とMeで同じで、しかも95からアップグレードするとMeの方が98よりも安くなっている。プレインストール・マシンにMeが載っているのはそういう訳らしい。という事で、次に機械を買うと、Meになる。そこで急遽Windows FAQからMe関係をダウンロードして保存しておいた。

時代はWindowsXPへと進み始めているが、IE6Beta版のNews Groupも昨晩からDTIで読めるようになった。一応勉強のため講読することにした。

昨日見てきたノート・パソコン。CPUにIntelのMobile Celeron 433Mhzを載せていた。Mobile Celeronのシステム・バスは100Mhzで、0.18ミクロン規格で作られていると思っていたら、それは新シリーズの方。旧式の方は0.25ミクロンで66Mhz。リンクを張ってあるIntelのサイトから、PDFファイルをダウンロードしてみたが、直接比較がなくていまいちピンと来ない。手許のHD Benchに付いている比較表から推測すると、My FujitsuのK6-2 350Mhzよりやや良い程度か。なら「私にとっては実用十分」かな。

2001年4月5日(木)

今年は結局一試合も見ないうちに、春の高校野球が終わってしまっていた。そう言えば、桜も先日アキバへ往復した際に道端に咲いているのを眺めただけ。明日は高校に行って新年度の打ち合わせなので、皇居の周辺に残っていれば見えるか。

そんな訳で春休みは、公式には今日までなので、レースのカーテンを洗濯。半年分の汚れで洗濯槽の中は真っ黒で驚いた。タバコの脂と言うよりは埃かなあ。肺の中は洗えないなどと、ちょっと弱気になったりする。ほんと、一日中机に向かっていると吸う本数が増える。

もう4月なので、出来上がった分から倫理関係のページを更新。講義時までは小修正の入る可能性あり。

2001年4月6日(金)

県内では気付かなかったが、東京に入るとやたらに警官が目立つ。そうだ、今日から10日間、春の交通安全週間だ。皆様お気を付けあれ。

帰りに秋葉原に寄って、PURPOSEブランド、高木産業製 PNM-C433 というノート・パソコンを購入。消費税込みで11万5290円也。簡単な紹介。Mobile Celeron433Mhz、11.3inch TFT 液晶 1024×768px。外付CD-ROM、FD ドライブ付属。メモリーは64MBでハード・ディスクは10GB。Windows Meを搭載。バッテリー込の重量が1.8kgというB5サイズなどなど。詳細・使用感は打ち込んでページを作る予定。ともかく余計なソフトが入っていないので、710MB程しかHDDを使っていない。いろんな意味で驚異。

2001年4月7日(土)

WindowsMeと小さな画面に手間取り、昨晩から始めたノートの環境設定は朝には終了したが、データの移行にはネットワークが欲しい所。CD-Rで焼いた重要ファイルは読み込ませた。幾つかのソフトウェアーをインストール。Officeはホーム用とポータブル用に同時使用しなければ、二台にインストールしても良いという契約なので入れた。HDDも少し埋まったが、まだまだ8GB程空いている。いっそのこと、こちらのHDDの内容をそっくりDドライブに保管しておいても良いかも。

そこまでやるなら、家庭内LANにしようか。学校が来週火曜日から本格始動なので、もう一回アキバに行って、アダプターなどを探してこようか。

このページの冒頭のバナー。東京モーターサイクルショー昨日から公開。ノートを買ってしまったというタイミングから今年は見送りかも。速報的な写真を平川さんのページで公開している。

2001年4月8日(日)

昼過ぎに秋葉原に行き、LAN関連機器を購入。総額11,840円也。ボードをFMVに挿して認識させた後、設定はノートパソコンの方から行う。あちらはWindowsMeなので、ネットワーク設定ウィザードという98にはない新機能があるからだ。今朝それを知ったのだ。世間ではMeは評判が宜しくないがこれは簡単で、おまけに98用に同じウィザードを提供できるソフトをフロッピーに作成もしてくれる。

そんな訳で取り敢えずの家庭内LANはケースを開けてLANボードを挿す所から始めて、2時間余りで完了。100BASE-TXのフルデュープレックスに成っているはず。スイッチング・ハブのLEDは100Mを点灯させている。こちらに保存してあるWebサイトのデータ(約2.7MB。実はこれが中途半端な量で、FDだと何故か2枚に入りきらず、かといってCD-Rに焼くには小さ過ぎるし、時間も馬鹿にならない)数秒でコピーできた。快適、快適。ケチって10Mにしなくて良かったのかな。ノートにはプリンタをつなぐ予定は無いが、プリントもこれで出来るし、言う事なし。

2001年4月9日(月)

一旦上手く行ったLAN設定だが、昨晩再度接続してみると、ノートに繋いだケーブルコネクター辺りの接触不良。何度か引いたり押したりすると繋がるが、不安定だ。Buffaloブランドのコネクタ一体型のカード。ケーブルを取り替えてみてもどのオスでも生じる現象。買ったツクモに電話してみよう。初期不良か。せっかく接触不良を避けるためにコネクタ一体型を買ったのに、、、。メルコのページを一応覗いてみてから電話する予定。

と言う訳で、昼からアキバへ行き、ツクモでカードを交換。気持ち良く新品と交換してくれた。これからもここで買おーかな。ついでにLANケーブルも2メートルのものを念のためもう一本購入。これの方がコネクタがしっかりしている気がする。帰宅して確かめると無事動作する。カードのメス側に問題があったのか、ケーブルのオス側に問題があったのか。しかしFMVとスイッチングHUBの間は、昨日買ってきた問題になっているケーブルで無事繋がっている。

ノートを付属の専用バックに入れる際の、補助クッションもアキバで見てきた。数千円はするのにペラペラのものばかり。クッション性も疑問。という訳で帰宅途中のDIYセンターで梱包用エアクッション(というかいわゆるプチプチ)1メートル四方で150円也。これを切ってインナークッションを製作。付属のバッグはCDとFDドライブが入る分、一回り大きいので、これを入れて丁度良い。

2001年4月10日(火)

今日から高校の授業開始。倫理の授業は脱線して予定まで行かなかったが、まあこんなものか。一クラスでだけ生徒にサイトのアドレスを教えたので、参考にしてくれるかな?今晩のうちに少々手直しする予定。

2001年4月11日(水)

今日は電車通勤だったので、高校にノートパソコンを持っていったが、注文してあった本やら見つけた本を帰りに買ってしまったので、大荷物になってしまい大後悔。やはりどうにか安全にバイク通勤時にもノートを運搬する工夫を考えなければならないと痛感。

2001年4月12日(木)

実力試験の監督を依頼されて、高校に行く。生徒から倫理の話のページを見たと声をかけられる。もう面倒くさいからplatos.htmとmotors.htmを合体させてしまおうか?そうすれば入り口の短いアドレスを示せば済む。site mapを添えれば良いのかも。

明日は大学の初日なので少々緊張。初回はガイダンスだが、どうせ時間は余るだろうから、アンケートでも書いてもらおうか。Web Pageを見られる環境と容易に接近できるのか、電子メールのやり取りは出来るのか、情報収集にどれほど活用しているのかなど、今日のうちに質問を考えておこう。

2001年4月13日(金)

ついこの間までの寒さを、完全に忘れさせるような陽気である。今日も「暑い」という形容が当てはまる気温。お陰で体力を消耗した。気力は日大での最初の講義という事で、自覚は少ないが消耗した模様。

どうにか初回という事でガイダンス的な話をし終えて構内を歩いていると、この春高校を卒業した見覚えのある顔に遭遇。国文科に入学したとの事。名前は失念。話を合わせて(顔は記憶にあるんですが)よろしければ僕の講義を取ってくださいと宣伝する。最近は学生が少ないと、翌年のコマがなくなることもあるそうだから、広報活動も大事らしいので。

出席カードを数えたら130余名。倫理学のページのアドレスを黒板に書いておいたので、あすのカウンターチェックが楽しみ。そしてこの日記のページまで、何人が辿り着けるのでしょうか

量だけはある学食で昼食を取り、門に向かう途中で学生から呼び止められて、質問を受ける。ギリシア神話関係のお勧め本はないかとの事。どこの図書館に行っても何がしかの本はあるジャンル。そりゃあヘシオドスを先ずは読んで下さい、と来週答えましょうか。

2001年4月14日(土)

数年前に学習院でヘシオドスを読んだ年があった。その時入力しておいた『神統記』と『仕事と日々』の試訳をアップロードした。「倫理のページ」からリンクさせた。時間が無かったので、preタグを使って貼り付けただけ。『仕事と日々』の方は途中までだが、五時代神話位まで読んだのだった。ほんとは2冊読了したかったのだが、最後は学生が来なくなって断念したのだった。誤りも多いが、ともかく公開。

今朝カウンターを見たら、プラス10程と普段と変わらなかった。多少がっかり。

2001年4月15日(日)

Net Newsで既出の記事を参照して記事を投稿すると、記事名の前に「Re:」という文字が自動的に挿入される。mailでも返信したタイトルに付くからご存知の方も多いと思う。この意味を問う一連のthreadが昨日からあるNet Newsに投稿されていた。人によってはReplyやResponceの略だと想像して書いていたが、半分正しい。replyもresponceも接頭辞の「re-」が付いている点では正解であろうし、それらの略として「Re:」が使われているというのも正解であろう。このように言うと、必ず反論してくるのが、「Re」だけで「〜に関して」という意味が辞書に載っているという人たちである。商売や法律関係の人はReを英語圏では使うらしい、という事は辞書を見れば誰にでも分かる。

ここで、Reが「〜に関して」になるのはなぜか、というのが問題になる。先の接頭辞のre-が繰り返しや反応を表すとは、系統が異なるようにも思われるからである。Reが元々はラテン語のResであるのは間違いなさそうである。それが「in the matter of〜」になる辺りまでは問題ないであろう。Resは語尾変化するから語幹のRe-だけが記号化して、単体で使われるようになったと推測される。

先のreplyはre-にplicoが付いた形だし、responce/respondはre-にspondeoが付いた訳だから、これらを間違いとは言い難い。PCの世界では事務用語の(記号の)Re:から直接由来していると考えるのが、正解であるとされるらしいが、語源からすると同根ではないか。仮にResと書いた場合は複雑で、Responce/Respondの直接の略であるとしても間違いとは言えないし、ラテン語のResだとしても正解であろう。しかし記号としてのReが正解で、レスポンスの略であるという主張を、それが「掲示板やパソコン通信」で使われていたという理由で馬鹿にしたように間違いだと断じる者がNet Newsには沢山いる。文化の衝突の一形態であろうか。「ハッカー」や「ホームページ」の意味の変遷を絶対に認めない、インターネット旧住人と新住人との衝突を見たような気がする。

2001年4月16日(月)

今日から高校が本格始動。ガイダンス中だった新入生の授業が始まったのだ。と言っても私の高一担当は週2時間だけ。しかもそのクラスは20名だけの少数なので、かなりやり易い。対して倫理の授業の高三は一クラス40名弱いて関心を引くのが大変。

世間はスギ花粉のピークを越えて一安心らしいが、どうやら私の花粉症はヒノキらしく今がピーク。ヒノキ風呂の香りは好きなんですけど、、、。

2001年4月17日(火)

このところ南風が強く、お陰で帰宅時にMyカブの最高速が冬より10キロは上回る。快適、快適。春の交通安全運動も済んでホット一息。

高校生から頼まれた画像の変換作業、数分で済む。これくらい自分で出来なきゃねえ。何年PCいじってるんですか。余白を切り取って、変換したら数キロバイトになったので、10枚ほどを添付してメールで依頼主に送付。ワープロソフトも入っていると言っていたから、Microsoft WordならOffice Personal入りでしょう。それならPHOTO EDITORでビットマップからJPEGに変換出来るはずなんだけどなあ。SEND TOフォルダーに入れる方法を知らないのかなあ。これでともかく世の中に高校生のサイトが一つ増えるのだから、良しとするか。まあ教えた通り、タグを自分で打ち込んでサイトを作ったようだから、これからも頑張って下さい。

2001年4月18日(水)

高校の授業で何とはなしにちょっと話したギリシア神話。少しまとめようとページを作成中

2001年4月19日(木)

ADSLがわが町にもやって来る、という情報をつかんだのは数日前。受付は今日の午前9時からと言う事で、出先から116へ電話。折り返し回線を調べて自宅の留守電に返事入れてもらうことにした。帰宅して留守電を聞くと、このマンションはダメとの残念な返事。ここに住む限りCATVもだめ、ADSLもだめという事が決定した瞬間だった。バイクが安心して保管できるという条件で探した物件だったが、思わぬ欠点が露呈した。安くなったとはいえ今更ISDNは?でも一応繋ぎ放題には出来るので、どうしようか少し考えてみる。

2001年4月20日(金)

今日は日大で講義の日。高校の卒業生のSさんも今日から席で聞いていた。百数十人を前にして90分フルの講義は最初なので少し緊張。時間調節で話を端折った所が数箇所。マイクも今日は入ったが、ハウリング気味。音量をもう少し絞るべきだったのか。

ADSL不可はやっぱりショック。しょうがないので帰路、秋葉原でISDNのためのTAを見てきたが、一万円台中頃はする。レンタルのあるADSLより費用がかかるなんて「何故」と叫びたくなる気分。そろそろ更新月なので不動産屋にでも交渉してみようかなあ。

2001年4月21日(土)

今週は新年度の本格始動や大学の懇親会があったりで、疲れ気味。よってこの日記も短くなりがち。

昨日の講義終了後、一週間前に申し込んであった図書館利用証を受け取り、書庫を探索。閉架式だが院生と教職員は入れるとの事。少々年季の入った図書館で、床が軋み不気味な感じ。本の重さで、何かあったら地下まで一気に床ごと落ちそう。おまけに旧館に新館を増設してくっ付けた構造らしく、繋ぎ目は配管やら何かで屈んで通る。前述の不気味さが増し、殆んど「胎内めぐり」といった気分が味わえる。

新しい図書館建設計画があるようなので、胎内めぐりを味わえるのも今のうちか。大学が違うと揃っている本も多少違う。概して良く揃っている方かと思う。残念ながら洋書は研究室にある模様。和書はそれ程古いものはともかく、キチンと買っているようだ。

そういえば正門を出ようとしたら、なにやら人だかり。「坂本ちゃん」がインタビューを受けていたのを、横目でチラリと見かけた。まだ学生服に鉢巻をしていた。今のところ私の教室には居なかった筈。昨日は丸刈りの学生がいたのでまさかと思ったが、確か眼鏡はかけていなかったので安心していたのだ。出席カードの名前は即座に見返したが無かったので一安心。履修申し込みは来週月曜がとりあえずの締め切りだそうだが、コッソリと申し込まないでいて欲しい。

以前、鹿島アントラーズの選手が合宿中に外泊したとかで日本代表を外された事件があったが、その相手に高校で「倫理」を教えた者として、責任の一端を僅かながらも感じない事も無い。学生・生徒をこちらから選べないという事実を、彼らは考えた事など無いのであろう。

今朝あらためてADSLについてNTTに問い合わせ。局にある交換機の仕様によって不可との回答。マンションで電話とドアフォンが回線を共用しているとダメと昨晩ネットで調べがついていたのだが、理由は違ったらしい。試しに市内の実家の番号で調べてもらったら、可能との事。あそこはCATVも可だし、実家に戻るまでお預けなのかなあ。交換機を変えてくれないかと担当者に言うと、上の方が決める事ですのでと言う。せめて要望のメールでも「上の方へ」出せないか調べてみよう。

2001年4月22日(日)

飛び交うヒノキの花粉のせいか、目や鼻が過敏になり体調は悪い。疲れが溜まっているのか久々に昼寝。

南アフリカ・グランプリの中継をちらちら見ながら日記を書いてます。125は宇井選手が優勝、250でも日本勢の好結果が予想される。

昨日NTTからADSLを断られてから他の業者のページを見たら、e-Accessという会社がDTIと契約していて6月からこの地域でADSLを展開する模様。プロバイダーの料金込みで月6000円也。ただ初期費用が2、3万かかる。イーアクセスのサービス地域一覧を見ていて気付いたのだが、私の電話の交換局がちゃんとリストに載っている。NTTがOKした実家の方も同じ交換局。昨日断ったNTTの職員(みなし公務員だそうだから、こう呼ぶのが未だ相応しいらしい)の言い訳が嘘である事が分かる。同じ交換局なのに市内局番が違うという理由でサービス提供で来たり出来ないのは、局内の交換機に新旧の機械が混在しているとでも言うのか?NTTは交換局単位でサービスを提供するかしないか公開していないで、行政区域ごとの表しか出さないので分からなかった。イーアクセスの方は交換局名を書いていた。実家とこちらの番号を入れると、共に同じ交換局名をイーアクセスは回答してきた。

みなし公務員に嘘をつかれたので腹が立った。本当の理由を教えてもらうため明日にでももう一度116に問い合わせてみる予定。考えられるサービス拒否理由は、「ブリッジタップ」と呼ばれる分岐が途中にあるためか?まさか交換局から家までの間にファイバー線が張ってあるとも思えないのですが。調べなかったらあきらめてフレッツISDNにでも加入していたかも。まあそれは今更無いが。

2001年4月23日(月)

ADSLの件で問い合わせ窓口が判明。NTTeAccessそれぞれにメールでWeb上から質問できる。帰宅すると、早速eAccessからは返事あり。しかしこちらの質問の意図が伝わっていない。NTTからの回答を待って、再度質問でもしてみるか。

あちこち検索していたら、先週 NTT から FTTH(ファイバァー・トゥー・ザ・ホーム)に関する値下げの記事があった。しかしこれは未だ先の話。しかし今年7月から「フレッツ・ADSL」の料金が月額 4050円から 3800円程度に値下げするとともに、「フレッツ・ISDN」の料金を現在の月額3600円からさらに値下げする、との情報は身近。ISDN用のターミナル・アダプターを買うかどうかを見極めるにはもう少し時間が必要。どうせ昼間はここにいないのだし、ISDNがもっと安くなれば、それでも良いかも等と思い始めている。

2001年4月24日(火)

授業終了後の帰り際に廊下で生徒に呼び止められて、質問を受けた。とりあえずの答えをして急いで帰宅。途中でポツポツ降ってきたが、家に到着する頃には止んでいた。地域的な雨だったようだ。ともかく明日は雨らしいし、ゼミに行く日なので電車通勤。

昨晩バイク歴のページをノートで確認していたら、リンク切れを発見。デスクトップで修正しアップロード。フォルダーにまとめた分の指定を忘れたようだ。他にもあるかもしれない。ついでに修正したページをNetscapeで確認するとローカルでは専用CSSのおかげで背景画像が貼られるのに、ネット上では画像が出ない。再読み込みをすれば確認出来たが、電話代節約のためそのまま回線切断。こういう時に常時接続なら、ゆったり確認・修正が出来るのだろう。他にも見え方の変なページがあったら、どなたでも教えて下さい!

夕方NTTからメールの返事が電話であった。このマンションへの引き込みに光ファイバーが使われているのがダメというのが正式の回答。先日の「嘘」は事情を知らない職員の誤答と詫びられる。まあしょうがないので、受け入れる。メタルケーブルに空きがあればタイプ2の専用線なら可能かもしれないとの補足もあり。ただしメタルが空いていないとそれも不可の可能性ありとの事。そういう事情だと、eAccessの方で申し込んでも事情は同じだろう。1万数千円を投資してISDNでFTTHまでの繋ぎとするべきだろうか。光ファイバーは試用出来る地域では最大10Mbpsで現在月額5000円程度、2003年度までに県庁所在地級都市まで拡大する、との事だからISDNにしても2、3年はTAは無駄にはならないのかも。

2001年4月25日(水)

ゼミの帰りに夕飯とコーヒーを飲んで帰ってきたので、時間が無い。詳細は明日の日記。このところ疲れ気味。顔色が悪いと言われる。寝不足。

これを書いているのは25日だが、アップロードするのは多分26日。案外光ファイバー網の普及は早いかも知れないとの情報ソースはこちら。注目すべきはドコモによる高速通信網か。これが安けりゃ僕も携帯を持っても良い。ISDNも値下げによって手頃になれば契約しても良いかも。K先生とも学校で話したが、長時間使いそうな「夏休み」までには考えて結論を出すのが必要のようだ。

2001年4月26日(木)

ようやく高校の一週間が終わり、明日の講義に向けてノートの修正が出来る。前回はかなり駆け足になったので、少し余裕を持たせた構成にしたいものだが、上手く行きますでしょうか。

新聞を見たらマイラインの申し込みが殺到し、数百万単位で申し込みが処理し切れないでいるそうだ。果たして我が家の分はどうなっているのであろうか。ほんの僅かでも不利益を蒙ったら、その会社は止めて他社に切り替えてやろうかなどと、思ってしまう。

高速接続がらみであちこち検索していたら回線速度の計測ページというのを見つけた。300KBのファイルをダウンロードする時間から回線速度を測るのだが、試したら惨憺たる結果。そのファイルをダウンロードするのに12秒もかかる程(24KB/sec)となると、ISDNにするだけでも実感できる効果が上がりそうな我が家の現状である。

2001年4月27日(金)

どうにか今日の講義を終了し、帰り道に新宿南口の紀ノ国屋に初めて寄る。パイドロスのビュデ版が安いという情報を仕入れていたので、探して購入。ハードカバーなのにたったの1000円。大儲けした気分。その乗りで秋葉に行って、高木産業のPDAも買ってしまった。税別8900円也。

白黒表示だがWindowsCE搭載のハンドヘルドPC。ボチボチ設定などしようと、Outlook Expressのアドレス帳などをOutlook2000と共用などしておく。これでやってみたいのは、講義ノートを読み込ませておいて、左手に持って講義をする事。来週は祝日なので再来週までには出来るでしょう。

2001年4月28日(土)

高木産業のPDA、大体の設定は終了。Web上からHTMLを見るブラウザータスク管理のユーティリティーをダウンロードしインストールした。WindowsCEのポケットPC版ではプログラムの終了という概念が無くて(と言うよりあるのかもしれないが、今のところ見つからない)好い気になって使っていると、メモリー不足の警告が出るらしい。そこで設定が終わるとすぐに入れてみた。

普通は、スタート>設定>システム>タスクマネージャーと、ここまで開かないと実行中のプログラムが見れないが、このTascalTaskMan P/PC (version 0.21)を常駐させておくと、一発で前のプログラムを終了させられる。開発者に感謝。

ブラウザー(iBrowser1.17)の方は英語版だったが、自分のこのサイトを全部コピーして見たら上手く表示されるので、主なページをブックマークした。全部で3MB程あるのでRS-232C(でしたっけ?)経由では結構転送に時間がかかった。念のため全体のバックアップもデスクトップPCの方に取っておいたので、それには更に時間がかかった。通常はOutlookの中の変更分だけなので、わざわざCFカード経由でLANに組み込むまでの事もあるまい。

このPDAであるがカシオから出ていたE-55程の性能のようだ。メモリーは16MBあってまあ使える。時代がカラーに移行してしまったので、こんな値段で売っているのでしょう。そう言えば昨日行った、アキバはショールームでもらってきた今年五月版のカタログには我がPNM-C433が載っていなかった。在庫限りだったのか。持ち運べるノートが11万以下で買えたのだから後悔はない。Web上での情報では、このPDAにはjornada548の携帯用ケースが合うらしい。そのうち秋葉に行った際にでも見て、良さそうなら購入してこよう。付属のケースは本体をスッポリと被ってしまうので、使用時には出さないといけないのでカバーを被せたまま使えるケースが欲しいからだ。

高校の生徒が、パソコンは未だネットに繋いでいないが、メールは出来ると言うので調べてみたら、ODNで「でんわdeメール」というサービスをやっている事が判明。メールだけならこれでも良いのでしょう。Lモードまでの過渡期ならではのサービスかなあ。

ネット接続関係の話題。スピードネットという無線経由の光ファイバー回線サービスであるが、お隣のさいたま市が全国に先駆けて恩恵を蒙るようだが、わが町には今のところ来る予定なし。ドコモの高速携帯電話も暫く先のようだし、、、。この所失望させられているだけに、明るい話題が欲しい。

昨日の講義で出席を兼ねて取ったアンケートを参考に、いよいよ連休明けのノート作りを今日から始める。初回にこのサイトのアドレスを言ったきりなので、休み明けにはもう一度アナウンスをしようか。ノートが取りづらいとの声を上げた新入生が意外に多かったが、黒板に一杯書いている方ですよ、これでも。二、三の単語しか書かない偉い先生の講義を聞いた事ないのかなあ。そうした方が話に集中してもらえるような気もする。しかし、まとまったノートの欲しい学生は、試験までにはもっと見やすくしますから、ぜひ講義のページを活用して欲しいものです。

この数日で新内閣が成立したが、その評価を巡っては評論家の間でも様々のようである。「歴史は繰り返す」という言葉があるが、暫く前の旧ソ連崩壊前のゴタゴタを思い出してしまう。この国もいまや経済は打つ手なしに近いものがある。すると何やら、新首相が党内の反対を押し切って閣僚人事に思い切った断を下したのが、スケールの違いこそあれ、ゴルバチョフのペレストロイカに思えてくると言うか、それ位はこのままやってもらわねば困る。しかしゴルバチョフが守旧派のクーデターにあったように、いずれ反撃は幾度かあろう。その時イェリチィンのような男がこの国にも出てくるであろうか。いや女でも良い。イェリチィンはゴルバチョフ時代に、モスクワ市長に抜擢されて首都の改革を率先して行ったのだった。長野か千葉か、はたまた東京か、その辺りに日本のイェリチィンがいて、次の政変に備えているのであろうか。まだ日本の改革は始まったばかりである。ペレストロイカですらない、のかも知れぬ。

2001年4月29日(日)

そのうちPDAについてもページを追加しようと思うが、これまでの経過を簡単に紹介。

製品名は PT-M01。OS は Windows CE Ver.2.11。プロセッサはMIPSベースのVR4111(70Mhz)。RAM16MB、画面は240×320ドットの反射型TFT白黒(2ビット)。I/Oはシリアル、IrDA、CFスロット。サウンドはモノラルで、バイブレーターとLEDが付いている。サイズは122×80×16ミリで、178グラム(含バッテリ)。

付属ソフトウェアーは本体PCとの同期設定 ActiveSyncro だけ。昨日書いたタスク管理とブラウザーの他に、モノラルとはいえ音楽が聴けないかと、昨日からオンラインソフト(もちろんフリーウェアのみ)を探し回り、簡易midiプレーヤを幾つか見つけたが、それでも時々音切れがする。MicrosoftからWindowsMediaPlayer もダウンロードして入れてみたが、音切れは簡易版よりそりゃあ多い事はあっても、少ないはずがない。

そこでキッパリ音楽関係は諦め、代わりに文字が良く見えるようにしてみた。最初に見つけ出したのは TweakUIのPalmPC 版簡易ヴァージョン。多くの設定は変えられないが、それでもシステムフォントの大きさ等が変えられるのは便利と言うより、必須か。しかしこれでスタートメニューが大きくなるのは良いが、起動時や各種設定時に、フォントの背が高くなった結果、下に隠れてしまう文字が出てしまう。しかもそれらを見るためのスクロールバーが出ないので、これは困る。それに第一、肝心の自分の文章だけを、大きく表示させるのとは意図が異なる。そういう訳で探し出したのが、ポケット・メモ帳。何も特別な事が出来ない単なるノートパッドだが、フォントサイズやスタイルが可変。行の自動折り返しも出来る。これで HTMLファイルを開いて見れば、当初の目的は達せられそう。

2001年4月30日(月)

昨日から追加したPDAのソフトウェアで便利だったもの。Tascal Explorer によってスタートメニューにショート・カットを置けるので、今までの不便が解消。プログラムファイルにコピーする方式でインストールするソフトウェアもこれでスタートメニューから起動できるようになった。

さて一番の利用法は、何と言ってもテキスト・ヴューアーとしての利用であろう。そこで有り難いのが青空文庫。特別なソフトを入れなくても、テキストファイル形式でダウンロードして読めば良い。標準搭載の手書きノートでもフォントサイズは75,100,150,200,300%が選べるが、パームサイズで使えるのは 150%かなあ。『舞姫』と『いきの構造』をダウンロードしたので次の電車通勤時にでも読もうか。

また『パソコン創世記』富田倫生さん著というのは、ZIP 圧縮したテキストファイルでも 455KB もあったのでノートパソコンで読む事にして、HTMLで取り込んだ。そうしたらサイズは1MBを超えていた。しかもパラグラフのない改行タグ連発のものすごいソース。見出しやページ内リンクのためのタブなどを書いてくれないと、HTMLにした意味があまりない。ブラウザーで読めるというだけでは、しょうがないのではないか。

また、文字ばかりの1MBなのに改行幅は余りなくびっしりで、これでは視力が落ちそう。手許の環境で設定してあるユーザーCSSを試しに切って見たら思わず笑ってしまった。HTML 内の CSS では 140% になっているが、body{line-height:1.9em }と一行だけの CSS を追加すると見ばえが激変するのでお勧め。

このソースを良く見てみたら、何と章単位で<p>を入れていて他は<br>を二つ打って<p>の代わりにしている。しかもその後に全角の空白を入れるという前時代的 HTML!公開したのが 1997年9月であるが 2000年11月に修正している。まあ誤入力の修正だけだろう。章単位のジャンプなどには青空文庫専用ブラウザーによって対応しているのだろうか。作者自身による入力らしいから、内容と共に時代を感じさせる。


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www.saiton.net/nissi/kakonissi11.htm

©SAITO Toshiyuki