ギリシア哲学に関する質問

メールで寄せられた質問と簡単な答え

ヘラクレイトスの言う fire, logos, opposites というのはお互い何らかの形で関係しているのかそれとも、それぞれ別のものか?といのが私の質問なんですけど。どうなんでしょう?

Herakleitos(最初のeは長音です)自身の書き残した本は現存していないで、後世の学者が引用したものだけが残っているので、結構解釈は多岐に渡ります。先ずはこの点をご承知おき下さい。ですから、Heideggerをはじめとする独特の解釈を加えられたヘーラクレイトス観があるかも知れません。

彼のやった事が、それ以前に小アジアで起こったミレトス派の哲学と同じであったとしたら、世界の「始まり」=アルケーArche(eは長音)として、ヘーラクレイトスはFireをそれと考えたようです。(論拠は、例えばアリストテレス『Metaphysics』第一巻、3章、984a7)

その火から反対のもの=Oppositeまでもが生じてきて、この世界が出来たと考える訳です。火の反対である水(何せ火に水をかければ消えちゃいますからね)に、火は移り変わってゆく(=流転する)と考えたらしいのです。あるいはそうだからこそ、単一の火というモノから、全世界が出来たと、彼は考える事が出来たのでしょう。

反対のものども(Opposites)にさえ流転・変化してゆく訳ですから、その手前と言いますか、反対以外の他のものどもへも当然ながら流転・変化する、いやそれどころか流転し続けている、と彼は恐らく考えていたと思われます。

そう考えると、有名な「万物流転」「同じ河に二度入れない」という断片が上手く理解できると思われます。あらゆるものは、常に自分以外の別のものへと変化し続けていて同じ姿をいっときも保ちはしない。これは素朴な主張ですが、現代においても否定出来ない事実でしょう。

同じ姿を保ちはしないとはいえ、反対のもの同士の間には、対立ばかりがあり、戦いが常に生じている、と考えた訳ではありません。対立するモノ同士の緊張関係に、ある種の調和(=Harmony)があると彼は考えたようでした。そうした調和の事を、logosと表現していたのかも知れません。

何せ、調和、ハーモニーといって古代ギリシア人が真っ先に想いを及ぼすのは、弦楽器の事でしょう。ピンと張った弦の上にある緊張からハーモニーが生じる、こんな事から発想が生まれたのかも知れません。

ちなみに、哲学者としてLogosを最初に使ったのはヘーラクレイトスだと言われています。


具体的な断片ですが、DielsとKranzによる編纂のDie Fragmente der Vorsokratiker の番号(これが世界標準になっています)で幾つか挙げておきます。なを引用は一部です。

ヘーラクレイトスの断片を英訳したものとしては、
Penguin ClassicsにはEarly Greek Philosophy, Jonathan Barnes 著が入っていますし、大学図書館に行けば、The Presocratic Philosophers, Second Edition, G.S.Kirk, J.E.Raven and M.Schofield, Cambridge UP. などは絶対に置いてあるはずですし、私の説明より参考になる事が書いてあると思います。

XenophanesのTheology(神学)についてなんですが、いったいどのような性質を含んでいるのか、そしてEpistemologyの知識はなぜ不可能なのかという質問。

クセノファネスの神学ですね。ギリシア神話の神のような、伝統的な人間の姿をした神像を批判したのはお聞きになったかと思います。

神が生まれるとか死ぬとか、盗みをするとか、だまし合うなどと言うのは不敬であると彼は言っています。そんな神は、人間が勝手に自分たちに似せて作ったのだと考えるのです。本当の神は、人間の想像を越えていて、大きさは宇宙の全体に行き渡るほどで、力も計り知れないと彼は考えたのです。

つまり全宇宙イコール神、ととらえたようです。すると身の回りのあらゆる所に、神がいるとも言えるわけです。神が天にいると考えるのもクセノパネスに言わせれば間違いという事になるはずです。

そうした人間よりはるかに大きく力も勝った神について、人間ごときが「知る」事など出来るはずがありません。微生物が人間の全体を知る事が出来ないのと同じようなものでしょう。出来るのは、せいぜい「想像する」 だけでしょう。このようにして、人間の神に関する「知」は不可能で「思う(推測する)」だけだと彼は主張するのです。

Zenonの中から、なぜmotionは不可能なのか?

これを説明するには、少々遠回りのようですが、彼の先生の話から 始めなければなりません。

ゼノンというのは、パルメニデスの弟子とも言われる人です。パルメニデスはクセノパネス(上記)の影響を受けたとも言われていまして、本当の意味で「ある」とされるものを、すごく厳密にとらえた人なのです。

「ある」と言えるものは、今は「ある」けれども、そのうち「あるのではない」になったり、少し前の時点では「まだない」などという事を許さなかったのです。

ですから、「ある」ものは「あり」、「あらぬ」ものは「あらぬ」と言う事になります。(今)あるものが、(明日)あらぬようになったとした、(今)あると私たちが思っていたものは、本当は「ある」ものではなかったのだ、とパルメニデスは言います。

もう少し説明が必要でしょうか。今、美しく「ある」花は、数日後には枯れて美しく「ある」のではなくなるでしょう。ですから今目の前にある「この美しさ」は「ある」ではなくなってしまいます。美しさどころか花そのものも、いずれ消え去りますから、「ある」の条件をクリア出来ません。このように考えますと、この世界のものはすべて「ある」ではないことになります。

で、パルメニデスは目に見えるもの、その他、人間の感覚でとらえられるモノはすべて「ある」ではない=「あらぬ」だと決め付けます。「ある」は非感覚的なもの知性によってだけとらえられるものと考えます。

「ある」は生じたり、消滅してはならない、完璧で永遠のものであると彼は考えました。完璧ですから、その形は、欠けるところのない球形をしていると、考えました。

「ある」は「ある」ですから、その球には「あらぬ」は全く含まれません。つまり隙間が一切ないのです。この考えを弟子のゼノンは受け継ぎました。隙間がありませんから、「ある」は動けません。運動には「動く先」としての隙間がなければならないからです。

Achilleとはいったい何なのか?

「アキレス」ギリシア語ではAchilleus「アキレウス」ですが、アキレス腱の語源となった、足の速い人(神と人間の間に生まれた事になっている)英雄の事ですね。

ゼノンは自分の主張の正しさを示すために、論証を示したらしいのです。その中に「アキレスと亀」というのがあります。足の速いアキレスが歩みののろい亀を後ろから追い越そうとしています。

しかし追い越すためには、その前に追いつかなければなりません。追いつくためには、どんなに足の速いアキレスでも一定時間が必要です。その一定時間内に亀はわずかながらも前に進みます。まだ追いついていませんね。そのわずかな距離を、アキレスが走るホンのわずかの時間に、亀はまたホンのわずか前に進みます。・・・この繰り返し。

よっていつまで経っても、アキレスは亀に追いつけない、となります。現実に追い越しているじゃあないかと我々は反論するでしょう。

しかしこの世界は「ある」のではない、のですから、そもそも運動は不可能であるのにそれを可能であるとした前提が間違っていたと言う訳です。>背理法(ラテン語だとReductio ad absurdum、結論が間違っているのは前提が間違っているからという証明方法)

Arrowはなぜ止まっているのか?Time and Line はこれらのAchille, Arrow を証明する上でどう使われているか?何か例えを交えて説明していただけるとうれしいです。

で、お分かりのように、時間と空間の無限分割に関してゼノンはインチキをやっているとか、いろいろ考えられる訳です。空間を無限に分割するのなら時間の方も無限分割すれば良い訳ですし。しかし、「無限」という概念を嫌ったギリシア人には有効なパラドックスだったようです。なにせ無理数(円周率やルート2とか)さえ無視しますから・・・分数で示せないのは不吉というか、嫌ったようです。

Anaxagoras と EmpedoclesはThere is no coming to be or perishing と言っていますが、この考えについて、いったい何のことを言っているのか?

日本語で言えば「生じる事=生成」「消え去る事=消滅」を否定した訳ですよね。現代でもエネルギー不滅の法則が通用しますからねえ。

アナクサゴラスやエンペドクレスに限らず、ギリシア人はキリスト教以前ですから、何もないところから、たとえば「光あれ!」と神が命じて光が創造される(Creation)される類の思考法をとりません。

材料があって、それが組み合わされて別のものが出来る、と考える訳です。つまりアナクサゴラスなら無秩序な動に、知性(reason=nous)が秩序を与えて世界が出来ると考えますし、エンペドクレスでしたら、愛と憎しみによって火、水(雨)、風(空気)、土が組み合わさって世界が出来るととらえたのです。ですから「生成」ではなく材料である元素の「混合」と「分離」だと考えたのです。


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